失神

Syncope

大塚邦明  東京女子医科大学教授・内科

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◆病態と診断

 失神とは,脳血流の減少により脳機能の可逆的低下をきたして生じる一過性の意識喪失であり,起立姿勢の保持ができなくなることと定義される.発作性の病態であるため,単なる転倒,てんかん,低血糖発作などと誤診されやすく,過換気症候群,ヒステリー,ナルコレプシーとの鑑別が必要である.失神は血圧低下,徐脈を認めることが鑑別のポイントである.失神の原因は多彩であり,複数の機序がかかわっていることも少なくなく,しばしば原因疾患の診断に難渋する.突然死につながるものも含まれるため,注意深い検索が必要である.@神経調節性失神(NMS:neurally mediated syncope),A心臓性失神,B起立性低血圧(⇒低血圧症の項参照),C脳神経系障害(一過性脳虚血発作,Shy-Drager症候群など),D脳血管機能不全による失神(鎖骨下動脈盗血症候群,大動脈炎症候群)などがある.この中で,NMSの頻度が最も高く,日常診療では約半数を占める.

 NMSは,種々の状況で生じる神経反射に伴う,一過性の血圧低下あるいは徐脈に起因する失神で,血管迷走神経性失神,情動失神,頸動脈洞失神,状況(咳嗽,排尿,排便)失神が該当する.長時間の立位,疼痛や採血,頭の後屈あるいは窮屈な襟による頸部圧迫に伴う場合は,失神時の状況から,各々,血管迷走神経性失神,情動失神,頸動脈洞失神が考えられる.NMSの診断にはチルト試験(Head-up tilt)を行う.足台のついた傾斜台を用いて受動的に60−80度の起立位をとらせ,心拍と血圧を経時的に20−40分観察し,失神を誘発する.心拍の低下が主体の心抑制型,血圧が低下して心拍の低下を認めない血管抑制型,両者とも低下する混合型の3型に分類される.

 心臓性失神の診断には,心電図,心エコー図とともにホルター心電図が有用である.けいれんを伴う場合は,脳波や頭部CT検査,MRI検査を行う.中高年では,Shy-Drager症候群(⇒自律神経障害の項参照)との鑑別が必要である.

◆治療方針

A.発作時の処置

 ベッドまたは床に寝かせ顔を上に向ける.胸元と衣服を緩める.下肢を挙上させる.心拍と血圧をチェックする.心臓性失神の場合は緊急処置が必要である(1章 救急医療の章参照).

B.神経調節性失神(NMS)

 NMSの予後は一般に良好である.しかし,失神発作に伴う外傷がみられる例や,失神発作回数が頻繁で日常生活に著しい支障が生じる症例では,積極的な治療が必要になる.

1.生活指導 不規則な食生活の是正やアルコールの多飲を禁じる.誘因となるものを避けるなどの生活指導で予防できることが多い.NMSの病態・誘因を十分に説明し,眼前暗黒感,冷や汗,悪心,めまい感,視野異常などの前駆症状が出現したら,すぐしゃがむ(squatting)か,仰臥位をとるよう指導する.

2.薬物療法 NMSの病態は,過度の急激な血管拡張に伴う前負荷の減少と,代償機序としての交感神経の過緊張による.心室の過収縮により心室圧受容体が刺激され,遠心性交感神経活動の抑制と副交感神経の過緊張が起こる.失神の発生時には事前に交感神経の過緊張があることも少なくない.したがって,これらのメカニズムに応じた薬剤が選択される.

a.交感神経作動薬 血管抑制型のNMSに用いる.

処方例 下記のいずれかを用いる

1)メトリジン⇒錠(2mg) 2−4錠 分2

2)リズミック⇒錠(10mg) 2−4錠 分2

3)ジヒデルゴット⇒錠(1mg) 3錠 分3

b.β遮断薬 代償性の交感神経過緊張の影響を除く目的で投与する.失神発作前に動悸を訴える症例にはよい適応になる.しかし,心抑制型のNMSには,少量から漸次増量することが望ましい.

処方例 下記のいずれかを用いる

1)インデラル⇒錠 30mg 分3(保険適用外)

2)ロプレソール⇒錠 40mg 分2(保険適用外)

c.抗不整脈薬 副交感神経の過緊張を抑制する目的で,抗コリン作用のある薬剤を用いる.心抑制型のNMSに有効である.

処方例 下記のいずれかを用いる

1)リスモダン⇒カプセル 150−300mg 分3(保険適用外)

2)ピメノール⇒カプセル 100−200mg 分2(保険適用外)

 これらの薬剤による治療にもかかわらず,徐脈による失神を繰り返す場合には,ペースメーカーの適応も考慮される.

d.ミネラルコルチコイド薬 循環血液量の増加による失神発作予防のために,特に難治性症例に用いられる.低K血症,臥位高血圧などの副作用に注意しながら,漸増投与する.

処方例

 フロリネフ⇒錠(0.1mg) 0.02−0.1mg 分2−3 粉状にして乳糖少量と混じ,散剤として投与(保険適用外)

C.心臓性失神

 頻脈性不整脈や洞機能不全症候群では,電気生理学的検査を施行後,カテーテル・アブレーション,ペースメーカー,植え込み型除細動器の適応も考慮される. 

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起立性低血圧と神経調節性失神(NMS)

Orthostatic Hypotension and Neurally Mediated Syncope (NMS)

小林洋一  昭和大学助教授・第3内科

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診断のポイント

【1】起立時における前失神症状,失神

【2】自律神経疾患あるいは障害を合併する疾患の有無

【3】起立後生じる症状の出現時期

【4】特殊な状況下で生じる症状

【5】血圧低下時の心拍数

 

症候の診かた

【1】起立性低血圧とは立位時に心臓レベルの血圧が低下し,めまい,立ちくらみ,失神などを起こす障害をいう.立位にすると血圧は収縮期20mmHg,拡張期10mmHg以上の低下をみる.その成因として心拍出量減少の生ずる状況,つまり循環血漿量の減少(失血,脱水など),静脈内血液貯留(下肢静脈瘤,静脈弁不全,筋萎縮など),心肺疾患(肺高血圧,収縮性心包炎,心房粘液腫,大動脈弁狭窄,肺動脈弁狭窄など)があげられる.

【2】また,神経血管反射障害として,中枢性(Shy-Drager症候群,オリーブ橋小脳萎縮症,Parkinson病,脳血管障害,脊髄空洞症),末梢神経性(糖尿病,アルコール中毒,栄養障害,本態性ほか),血管性(動脈硬化症),医原性(薬剤によるもの:中枢作動薬,交感神経遮断薬,亜硝酸薬,三環系抗うつ薬,降圧利尿薬など),その他(アミロイドーシス,褐色細胞腫など)があげられる.

【3】通常は慢性に経過するが,急性に交感神経節後線維を侵す疾患として,acute idiopathic pandysautonomiaがある.起立性低血圧では,血圧低下時に心拍の上昇とノルアドレナリンの増加を認めない.また,老人に多い特徴を有する.

【4】一方,神経調節性失神(neurally mediated syncope;NMS)とは,臨床的にいろいろな場面で生じる神経反射により引き起こされる一過性の血圧低下をいう.NMSには,血管迷走神経性失神,情動失神,頸動脈洞失神,状況失神(咳嗽,排尿,排便,運動失神など)が含まれる.ほとんどの場合,NMSの予後は良好であるので,生活指導で不規則な食生活の是正,アルコール多飲の禁止,特定の状況での注意で予防できることが多い.しかし,失神の再発を30%に認めることや,長時間の心停止をきたす例があること,失神患者の1/3は外傷がみられる.このような積極的な治療を必要とするNMSの症例は,若年者から高齢者までみられる.失神時にはノルアドレナリンは変化せず,アドレナリンの著明な増加を認める.

 

確定診断のポイント

 起立時の血圧と心拍数の経過と,それに伴う症状がポイントである.診断には傾斜試験(チルト試験:head-up tilt test;HUT)が有用である.傾斜試験とは,足台の付いた傾斜台を用い受動的に60〜80°起立位として,心拍と血圧を経時的に30〜60分観察し,失神あるいは前失神症状を誘発する試験である.

 チルト試験の評価:起立性低血圧は起立早期(5分以内)収縮期血圧20〜30mmHg以上の低下,拡張期血圧の10〜15mmHg以上の低下を認める.回復に数十秒〜数分かかる.NMSは起立早期の血圧低下から一時的に回復した後,心拍上昇後,血圧低下と徐脈が出現し失神に至る.したがって,NMSの失神は起立性低血圧よりも遅く(10〜15分)出現する.血圧の数値による診断基準はなく,症状の出現で陽性と判定する.

 

鑑別疾患のポイント〔失神の鑑別については「失神」の項⇒参照〕

【1】起立することにより横隔膜以下の容量血管に血液が貯留し静脈還流量が減少し,左室充満圧の減少と心拍出量の減少がみられ血圧が低下する.これに対し,動脈の圧受容体からの求心性インパルスが減少し,血管運動中枢,副交感神経心臓抑制中枢に対する緊張性抑制が解除され,遠心性交感神経活動の亢進と遠心性副交感神経活動の抑制が起こり血圧が保たれる.この代償機転の障害が起立性低血圧である.

【2】一方,NMSの場合は,【1】の代償機転によりいったんは血圧が保たれるが,この過程で容積が減少した心室に陽性変力作用が加わると心過動状態となり,求心性無髄性迷走神経線維に連続する心室圧受容体が発火する.これにより血管運動中枢を抑制し,副交感神経心臓抑制中枢を亢進させ,遠心性交感神経の抑制と副交感神経の亢進が起こり,血管拡張,心抑制,徐脈となりNMSが生ずる.この反射を,Bezold-Jarisch reflexと呼ぶが,この反射弓は,どの個体にも存在するため,状況によってはどの個体(正常者)にも生じ得る.

【3】【1】,【2】のように両者は病態を異にするが,出現する症状は同様なのでその鑑別は難しい.起立性低血圧の診断基準で確立されているものはないが,一般によく用いられている診断基準のSchellongテストをもとにすると10分以内に血圧が30/15mmHg以上の低下がみられた場合陽性と判定する.3分のhead-up tiltあるいは立位で収縮期血圧が20mmHg以上あるいは拡張期血圧が10mmHg以上の下降をみた場合陽性とする基準もあるが,この基準では中年以降の健常者でも40%が陽性になるという.起立性低血圧の場合,起立早期の血圧低下に対する代償性交感神経緊張に神経血管運動枝の障害のため,血圧の維持が不可能となり症状が出現する.一方,NMSの場合は起立直後の血圧低下に対する交感神経の過度の緊張が起こり,代償機転が破綻し失神が惹起される.つまり正常の血管反射の破綻と理解される.起立性低血圧は自律神経障害を伴うものが多い.自律神経機能試験のほとんどは数分以内に判定するが,このことは起立性低血圧が起立早期に起こることと関連している.NMSの場合,自律神経の器質的障害ではなく反射異常と解される.

【4】原因不明である本態性起立性低血圧は,NMSとオーバーラップしている症例がある.筆者らは,チルト試験で5分以内に血圧下降が持続して立位不能となる症例を起立性低血圧と診断し,心拍上昇とともに血圧がいったんもち直しその後に失神を生ずるものをNMSと診断している.

 

治療法ワンポイント・メモ

 出現する現象は同様であるので,治療も同様である.血管収縮薬や循環血漿増加作用の電解質コルチコイドが用いられる.しかし,NMSに有効なβ-遮断薬は,起立性低血圧には無効である. 

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めまい

Vertigo, Dizziness, Faintness

福武敏夫  亀田総合病院・神経内科部長(千葉)

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◆病態と診断

 めまい感とは空間内において自分または周囲が揺れたり,回ったりする異常感覚である.多くの全く異なる病態により生じるので,それを見極める必要がある.

 めまい感は次の4型に大別される.第1は,前失神(faintness)ないし立ちくらみであり,脳循環の不全による.不整脈,起立性低血圧,血管迷走神経反射が原因となるので,ホルター心電図,tilt試験,循環器内科への併診が必要である.過換気も前失神を生じうる.第2は,心因や肩こりを背景とした浮動感(dizziness)であり,中枢における感覚統合の不全と考えられている.不安や抑うつを伴い,いわゆる「自律神経失調症」と重なる.第3は,起立や歩行に際して訴えられる平衡障害(ふらつき)であり,前庭系,体性感覚系,視覚系などの感覚入力不全ないし大脳基底核,小脳,大脳の病変による.第4は,回転運動(時に直線的,もしくは傾斜的動き)の錯覚を伴うめまい(vertigo)である.前庭系の末梢性ないし中枢性不全による.

 神経内科で多いものから順に,良性発作性頭位(変換)性めまい(頭位変換から1−2秒の潜時があり,めまいは30秒以内が多い),前庭神経炎(風邪様症状の前駆が多く,最初に強いめまい・嘔吐があり,遷延する),椎骨脳底動脈循環不全(血管危険因子を有し,突然発症の数分のめまいと,時にほかの神経症状がみられる),脳幹−小脳の血管障害,片頭痛性めまいがある.聴覚症状が目立つメニエール症候群(⇒)や突発性難聴(⇒)は耳鼻科で扱われる(ただし,前下小脳動脈梗塞でも類似の症状を示す).

◆治療方針

A.前失神

1.起立性低血圧 原因薬の服用がないかチェックして減量・中止する.脱水があれば補正する.遷延例では下記のいずれかを用いる.

処方例 下記のいずれかを用いる

1)エホチール⇒錠(5mg) 3−6錠 分3

2)メトリジン⇒錠(2mg) 1−2錠 分1−2 朝・昼

3)リズミック⇒錠(10mg) 1−2錠 分1−2 朝・昼

2.血管迷走神経性前失神,過換気症候群 患者教育が主体となる

B.心因や肩こりを背景としためまい感ないし浮動感

1.不安・抑うつが強い場合 

処方例 下記のいずれかを用いる

1)セルシン⇒錠(2mg) 3−6錠 分3

2)トリプタノール⇒錠(10mg) 1−3錠 分1−3

2.肩こりが強い場合 運動・体操など生活指導のほか,下記を組み合わせて用いる

処方例 下記を症状に応じて適宜組み合わせて用いる

1)ミオナール⇒錠(50mg) 3錠 分3

2)レスミット⇒錠(5mg) 3錠 分3

3)温湿布 適宜 首筋から肩に

C.平衡障害

 原病治療が主体となる.

D.回転性めまい

 病態に応じて治療法を選択すべきであるが,明確でない場合や持続する場合は以下を用いる.

1.経口が困難な場合 

処方例 下記のいずれかを用いる

1)低分子デキストランL⇒注,またはKN補液3B500mLにメイロン⇒注(7%) 60−100mLを加えて点滴静注

2)メイロン⇒注(7%) 250mL 点滴静注

2.前庭系抑制薬 

処方例 下記のいずれかを用いる(悪心で経口ができないときは非経口で投与する)

1)トラベルミン⇒錠 1回1錠 適宜

2)トラベルミン⇒注 1回1mL 皮下注 適宜

3)セファドール⇒錠(25mg) 3−6錠 分3

4)ピレチア⇒錠(5mg) 1回1錠 適宜

5)ヒベルナ⇒注(25mg) 1回0.2mL 皮下注 適宜(動揺病に保険適用あり)

3.制吐薬 

処方例 下記のいずれかを用いる(悪心で経口ができないときは非経口で投与する)

1)ナウゼリン⇒錠(10mg) 2錠 分2

2)ナウゼリン⇒坐剤(30mg) 1回1個 1日2回

3)プリンペラン⇒錠(5mg) 2錠 分2

4)プリンペラン⇒注(10mg) 1回2mL 1日2回 筋・静注

4.良性発作性頭位(変換)性めまい 運動療法,体位変換療法が主体である.ソファーの中央に顔をやや左に向けて座り,そのまますばやく右に体を倒し,めまいが止まるまでか20秒間そのままでいた後に起きてめまいが止まるまで待ち,鏡対称にも行い,5回繰り返す方法(Brandt-Daroff法)を1日3回行わせる.

5.前庭神経炎 数日間,前記の前庭系抑制薬,制吐薬を用いるほか,以下を用いることがある.

処方例 下記のいずれか,または併用する

1)プレドニン⇒錠(5mg) 6錠 分1から漸減 2週以内

2)バルトレックス⇒錠(500mg) 6錠 分3(保険適用外)

6.椎骨脳底動脈循環不全 危険因子のコントロールが第1であるが,以下のいずれかを加える.

処方例 下記のいずれかを用いる

1)ケタス⇒カプセル(10mg) 3カプセル 分3

2)セロクラール⇒錠(20mg) 3錠 分3

 

 

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薬局からの服薬指導・薬剤情報(笠原英城)

・セファドール⇒には抗コリン作用があるため口渇,閉塞隅角緑内障患者では眼圧の上昇,前立腺肥大患者では排尿困難を起こすことがあり,注意するよう指導する.

・ナウゼリン⇒,プリンペラン⇒で「手足のふるえ,顔のひきつり」などを主な症状とする錐体外路症状が現れることがあるので注意するよう指導する. 

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