第1部 アメリカの人事管理の特質  第1章 職務を基軸にしたアメリカの人事管理 1.日米の職務概念の相違 (図表1-1、図表1-2参照) 米国企業では職務分析の結果は、人員管理、採用・配置、昇進・異動、教育訓練、人事考課、職務評価と賃金管理等の基礎情報として用いられている。  米国では、職位が人事管理の基本となっており、職位の内容をこなせる職務能力を持った従業員を任命する。欠員が出た場合、社内公募で希望者を募集し、一定の訓練期間を与えて、達成能力があると見極めれば任命される。希望者がいなければ、社外から採用する。個人の職業上の目標の決定、大学での専門学部の決定、専門教育、就職・採用、配置、昇進は全て職位あるいは職能分野につながってくる。個人の希望・能力と企業の要請とは上記のようにつながっている。  日本でも各部門の要員の増員要求、要員計画、採用計画は一定の仕事を前提にしている。しかし、学生は企業に勤めることは考えていても、将来のキャリアについて明確な意思を持たず、専攻分野と入社後の仕事との間には直接的関係はない(薄い)、と考えている。文系の卒業生に関しては、企業は採用で一定の人数を確保した後、本人の専攻分野ではなく、適性を見て配置するので、大学での専攻は採用の基準として大きな役割を果たしていない。  人事管理は職能資格制度を基本に据えて運営されている。職能資格制度は職務の難易度(レベル)には関係するが、職務の種類には関係しない。職能資格制度は職務遂行能力に基づいて従業員の格付け、分類を行うが、職務遂行能力は具体的な特定の職務と関係しているわけではなく、抽象的に難易度だけを規定したものである。同じ職能資格に位置づけられていても、担当する職務の種類は異なり、職務の難易度も異なる場合が多い。この意味で、職能資格制度は職務との直接的つながりを持っていない。当初予定した職位を新任者がこなせないときは職位の内容を小さくし、経験をつんでから増加するという調整をしている。担当者の能力に応じて、職位内容が大きくなったり、小さくなったりする。この意味で、日本企業の職位管理は「人」本位であるといえる。  なお、担当する職位の内容は賃金には直接関係せず、職能資格制度の等級が賃金水準を決定する。 2.職務分析  (1)職務分析の発展  第1次大戦後の大量生産の発展、第2次大戦時における人材の早急な育成と確保、1945年以降のヒューマン・アセスメント(human assessment:人材の適性評価)、平等雇用(equal employment)の発展等が職務分析を促進する契機となった。  (2)人事管理における職務分析結果の利用  職務分析の結果は、(1)人員管理、(2)採用・配置、(3)昇進・異動、(4)教育訓練、(5)人事考課、(6)職務評価と賃金管理等の基礎情報として用いられている。(図表1-3参照)  (3)職務記述書・職務明細書の実例:図表1-4  3.職務評価  a.職務評価とは、社内の全ての職務を比較して、職務の価値、重要度を決定することである。職務の価値の決定には企業の各職務に対する方針が反映される。 b.職務評価の方法  @ 序列法   個々の職務の総合的価値を評価し、単純な職務を最低に序列付け、より複雑で困難な職務をその上位におく方法。専門スタッフのいない小模企業で用いられる。  A 職務分類法  仕事の種類(肉体労働〜創造的労働)や仕事の困難度(不熟練〜熟練労働:定型的〜管理的労働)により職務の分類基準を設定し、職務群をいくつかの等級に分ける。各職務を職務の分類基準に基づいて分類する。  B 要素比較法  基準職務をいくつか選び出し、次に評価要素(技能、精神的要件、肉体的要件、責任、作業条件等)を設定する。各要素には一定のウエイトが与えられる。各要素について基準職務を評価し、序列をつけた後、基準職務の市場賃率を各要素に配分する。基準職務以外の職務は、基準職務と比較しながら要素毎に賃率を割り振っていく。  C 点数法  大企業で広く(90%以上)用いられている。評価要素を選び、各評価要素にウエイトをつける。ウエイトの付け方は生産労働、オフィス労働、管理、研究等で異なる。この後各評価要素に点数を配分し、各職務の得点の合計を算出する。基準職務の市場賃率(市場価値)をベースにして、1点当たりの賃率や各職務の週給、月給を算出する。管理職の職務の場合は年収を基礎にする。  各職務はその大きさに応じて一定の等級に格付けされる。  職務内容は毎年のように変化するので、修正の必要な職務は職務分析、職務評価をやり直し、各職務の点数(職務の大きさ)を修正する。  4.「ヘイ・システム」(Hay Profile Guide Chart)  ヘイ・システムはホワイトカラーの労働を主要な対象として開発された職務分析、職務評価の方法で、ホワイトカラーの人事管理の方法として、アメリカの大企業に広く用いられている。職務を基軸にしたアメリカの人事管理を典型的に代表するシステムであり、賃金管理のみならず、目標管理・業績評価、社員の格付け等、人事管理の基礎になっている。ヨーロッパやアジア諸国、また日本に進出している。  同システムでは職務分析した後、職務記述書に基づいて各評価要素毎に職務を評価する。評価要素としては次のような要素が用いられる。 (1)評価要素と評価区分  a.ノウハウ・チャート(Knowhow Chart) (a)実務手続・専門技術・職務経験  A Primary 1〜数週間で習熟できる単純作業 例:フロアー清掃    B Basic Vocational 標準化された定型業務についての習熟と単純な機器操作       を必要とする職務。義務教育修了者程度。 例:レセプショニスト、タイピ       スト。  C Vocational D Advanced Vocational  E Basic Specialized ある分野における業務実態や先例を、関連する原       理原則に基づいて把握することにより得られる専門知識、または       いくつかの関連分野について十分な理解・スキルを必要とする職       務。大卒レベル。   F Seasoned Professional G Scientific or Professional Mastery H Unique Authority   例:アインシュタイン程度。 (b)マネジリアル・ノウハウ  I  Non or minimal 目的や内容を特定化された業務を、周辺の他業務との関       連を考慮しつつ遂行あるいは監督する。(一般職〜監督職)  II Homogeneous  (ミドル・マネジメント)  III Heterogeneous  (シニア・マネジメント)  IV Broad (Vice President 事業本部長)  V Total 全社を運営・管理する。(CEO, COO.会長、社長) (c)対人関係の技能  1 Basic 日常業務を遂行する上で必要な情報交換や折衝について礼を失す        ることなく効率的かつ円滑に行う必要がある。  2 Important  3 Critical 人を理解し育成し評価し動機づける技能が職責を達成するために 不可欠である。管理職の多くはこのレベルの技能を求められる。   図表1-5 ┌───────────────────────────────┐ │           マネジリアル・ノウハウ │ │        I II III  IV V │ ├──────┬────┬────┬────┬────┬────┤ │対人関係技能│ B I C│ B I C│ B I C│ B I C│ B I C│ ├──────┼────┼────┼────┼────┼────┤ │ 専 A │50 │ │ │ │ │ │ 門 B │ │ │ │ │ │ │ 的 C │ │ │ │ │ │ │ 知 D │ │ │ │ │ │ │ 識 E │ │ │ │ │ │ │ ・ F │ │ │ │ │ │ │ 経 G │ │ │ │ │ │ │ 験 H │ │ │ │ │ 1840│ └──────┴────┴────┴────┴────┴────┘  b.問題解決チャート(Problem-Solving Chart) (a)思考環境  A Strict Routine 詳細に定められたルール、指示の下での思考であり、常に 監督を受けている状況。例:フロアー清掃  B Routine C Semi Routine D Standardized E Clearly Defined F Broadly Defined  G Generally Defined 企業目的に向けての概括的な方針、原則の下での高度な 思考展開であり、ガイダンスは得られる。例:新市場への 参入。  H Abstractly Defined  (b)思考の挑戦度  1 Repetitive  2 Patterned 3 Interpolative 4 Adaptive 5 Uncharted 新しい概念、構想を必要とする未知の状況。   図表1-6 ┌────┬──────────────────┐ │    │ 思  考  挑  戦  度 │ │ │ 1 2 3 4 5 │ ├────┼──────────────────┤ │ 思 A │10%-12% 14-16 19-22 25-29 33-38 │ │  B │12-14 │ │ 考 C │14-16 (%はノウハウの発揮度) │ │  D │16-19 │ │ 環 E │ │ │ F │      │ │ 境 G │ │ │ H │29-33 87-100│ └────┴──────────────────┘  ノウハウの点数に上記の%を乗じた点数表が別に用意されている。  10%=3点・・・・100%=3200点  c.アカウンタビリティ・チャート(Accountability Chart) (a)行動の自由度  A Prescribed 直接的かつ詳細な業務指示あるいは厳密な監督を受ける。言わ         れたことをその通りやる。  B Controlled C Standardized D Generally Regulated E Directed F Generally Directed G Guided  H Strategically Guided 経営トップから戦略的なガイダンスを受ける。 (b)職務の規模  1 Very small 〜$100,000  (課レベルへの影響) 2 Small $100,000〜1 Million  (部レベルへの影響) 3 Medium $1 Million〜 50 Million  (本部レベルへの影響) 4 Large $50 Million〜 (会社全体への影響) (c)成果に対するインパクトの与え方  R Remote 重要事項に関連した情報、記録その他付随的サービスを他者         に提供する。例:オーダー・エントリー C Contributory S Shared P Primary   成果に対するインパクトを支配的かつ直接的に持つ。例:マネ         ージャー     図表1-7 ┌─────┬──────┬──────┬──────┬──────┐ │ 職務規模 │ Very small │ Small │ Medium │ Large │ ├─────┼──────┼──────┼──────┼──────┤ │インパクト│ R C S P │ R C S P │ R C S P │ R C S P │ ├──┬──┼──────┼──────┼──────┼──────┤ │ │ │ 10 14 19 25│ │ │ 25 33 43 57│ │ 行 │ A │ 12 16 22 29│ │ │ 29 38 50 66│ │ │ │ 14 19 25 33│ │ │ 33 43 57 76│ │ 動 ├──┼──────┼──────┼──────┼──────┤ │ │ B │ │ │ │ │ │ の │ C │ │ │ │ │ │ │ D │ (省略) │ │ │ │ │ 自 │ E │ │ │ │ │ │ │ F │ │ │ │ │ │ 由 │ G │ │ │ │ │ │ ├──┼──────┼──────┼──────┼──────┤ │ 度 │ │200 .... 460│ │ │460 ... 1056│ │ │ H │230 .... 528│ │ │528 ... 1216│ │ │ │264 .... 608│ │ │608 ... 1400│ └──┴──┴──────┴──────┴──────┴──────┘  (2)点数表  各職務について上記の各評価項目毎に評価し、各評価項目毎にヘイの開発した上記のような点数表を当てはめていき、合計点を算出する。さらに、各職務の社内での重要度の感覚と、ヘイ・システムで算出した各職務の点数による職務の大きさに基づく相対的重要度とを比較し、社内感覚に合わない職務は職務記述書や職務評価を見直し、調整する。  (3)各職務の賃金の算定  ヘイ・システムでは、点数で表示された各職務が企業の外部でいくらに評価されているかというデータを、ヘイ・グループが会員会社から集めたデータを元にして算出し、国別、地域別、業種別に、各職務の市場価格を知らせてくる。企業ではこのデータや他の賃金データを元にして、各職務の賃金水準を決定したり、改訂する。各企業では常に自社の賃金水準が外部に対して競争力を持つように気を配っている。  (4)ヘイ・システムの特徴  上記のように、ヘイ・システムはホワイトカラーの諸職務をよくつかんで、非常に細かく分析し、職務評価している。したがって、客観的、科学的、公正な印象を従業員や外部の人に与え、納得を得られやすい。訴訟でも、ヘイ・システムを用いていると、裁判官や陪審員に良い印象を与え、勝訴しやすい。  反面、システムの設計や維持には非常な労力と専門的スタッフを必要とし、ヘイ・グループに支払うコンサルティング料も相当な金額にのぼる。コストと労力の点で大企業でなければ導入・維持は困難である。ホワイトカラーの職務内容は毎年少しづつあるいは時には大きく変化する。全体の傾向としては職務内容が拡大し、職務の価値が上昇していく。そこで、毎年各職務の見直しをしなければならない。その際に非常な労力とコストがかかる。ヘイ・システムは非常に分析的で、詳細であるだけに、職務の変化に対して硬直的である。また、商社の社員のように、いろいろな課業を状況に応じてこなしていく仕事には適していないとか、新技術を取り扱う職務は評価結果が高めにでる、という批判もある。  5.職務と社員の格付け  アメリカの職務給制度では、まず職務の内容が職務分析によって分析され、職務の概要、重要な責任項目、予算の範囲、仕事の指示を受けたり仕事の結果を報告する上司、他部署との関係等の事項や、その職務を遂行するに必要な職歴、経験年数、必要な教育水準等が職務記述書に記述される。職務記述書にもとづき社内の全ての職務は基準職務と比較したり、職務要素を評価し点数に換算されて、職務価値の大きさに応じて一定の等級(grade)に格付けされる。たとえば、点数法により評価された100点未満の職務は時1に、100〜199点の範囲の職務は等級2に、200〜299点の範囲の職務は等級3に、300〜399点の範囲の職務は等級4にというように、点数(職務価値)に応じて全ての職務がそれぞれ特定の等級に格付けされる。各職務を遂行する能力を持った人は採用・昇進によって選抜され、各職務を担当する。従業員の社内における地位は職務の等級によって定まる。たとえば、等級の1−11が秘書、事務職、下級スタッフ職等の一般社員、12−14が監督職、15−16が課長、17−20が支店長、18−20が部長、21−23が事業部長、24−30が海外事業所の上級副社長や社長、31−33が本社の役員、その上が本社の社長や会長というように格付けされる。同じ支店長や部長でも、支店や部門の規模、管理する従業員の人数等によって3段階くらいの等級格差が設けられている。日本の職能資格制度では大企業で平均14等級位である。  給料は職務の等級によって決定される。外部労働市場の賃金水準を参考にし、かつ内部的公正さが保てるように各等級毎に賃金水準が定められる。給料等級(salary grade)にはそれぞれ下限、中位、上限の賃金額が定められており、下限−上限の差(salary range)は通常40−50%である。入職すると、下限の賃金額からスタートとし、能力が向上し業績が上がるにつれて中位、上限へと賃金額が上昇し、数年で上限に達する。このような方法で行う賃金管理の仕方を職務給制度(job-based pay system)と呼んでいる。職務給制度では上位等級の職位に空き(欠員)がないと、上位等級には移れず、賃金も現在いる等級の賃金の上限で頭打ちとなり、その後は業績が優れていても物価の上昇分だけしか昇給しない。もちろん、技術革新、国際化、事業転換等により仕事の内容が変化あるいは高度化した場合は職務の見直しが行われ、職務記述書や職務価値が変更され、賃金も修正される。   人材の育成・活用の観点からみると、より高度な職務能力を身につけるためには上位の管理職位や専門職位につくことが重要である。実務能力や管理能力は理論ではないので、本を読んだり、講義を聞いたりしても身につくわけではなく、実際に管理をする職位や専門職位につかないと、能力の開発・向上は期待できない。  職務を基軸とした人事管理では、欠員のでた職務を遂行できる人を社内・社外から募集し採用するので、人々は自分の希望する職務に必要な能力を修得しようとし、キャリアは基本的には個人の意思にもとづいて形成されていく。現在勤めている企業で希望する職務につけないとか、希望する給料が得られなければ、従業員はよりよい条件を提示してくれる他の企業に移っていく。人々は会社中心ではなく、個人のキャリア目標や収入の希望を中心にして行動する。  職務給制度の下でも同じ等級に属する職務間の水平異動は可能であるが、同じ等級間で水平異動しても通常は給料が上昇しないので、従業員の動機づけが難しい。ましてや、職務価値の低い職務へ異動すると給料が低下するので、下方異動は困難である。このような職務給の持つ本質的硬直性については、アメリカでも最近問題になってきており、等級数を減らし、1つの等級に含まれる職務数を多くするとか(broadbanding pay system)、職務能力を重視した賃金制度(skill-based pay system)を導入するとか、いろいろな工夫をこらす企業が増えつつある。  図表1-8 ヘイ・システムにおける職務点数(Hay Units)と職務等級の関係 (別のファイルにあり:HAYGRADE)  図1-1-2 職務と人事システム ┌────┐              │職位分析│ └─┬──┘ ┌─┴──┐ │職務分析│ └─┬──┘ ┌───────────┐ ┌────┐ ┌─┴──┐ │職務記述書・職務明細書│ │組織管理├───────┤職務編成│ └───────────┘ └─┬──┘ └─┬──┘ │ │ │ │ │ │ ├─────┬─────┬┴────┬─────┬─────┐ ┌─┴──┐┌─┴──┐┌─┴──┐┌─┴──┐┌─┴──┐┌─┴──┐ │人員計画││採用配置││昇進異動││教育訓練││人事考課││職務評価│ └────┘└─┬──┘└─┬──┘└─┬──┘└─┬──┘└─┬──┘ ┌─┴──┐┌─┴──┐┌─┴──┐┌─┴──┐┌─┴──┐      │採用配置││職務異動││考課項目││訓練ニー││賃金管理│       │基  準││経  路││選  定││ズの発見│└────┘ └────┘└────┘└────┘└────┘ 図2-1-1 職能資格制度と人事システム ┌───────┐ │職能資格制度 │ ┌────┐ ├───────┤ │採用基準│ ─┤資格等級基準 │ └─┬──┘ │職種別・資格等│ ┌─┴──┐ │級別職能要件 │ │採  用│ │昇級基準 │ └────┘ └───┬───┘ ┌───────┼───────┐ ┌───┴──┐ ┌──┴───┐ ┌─┴──┐   │職群別・職歴│ │人事考課制度│ │賃金制度│ │開 発 制 度 │ ├──────┤ ├────┤ └───┬──┘ │人事考課基準│ │昇給基準│ ┌───┴──┐ │成 績 考 課 │ │職 能 給│ │教育訓練制度│ │能 力 考 課 │ │年 齢 給│ ├──────┤ └──────┘ └────┘ │ 階層別研修 │ │ 職能別研修 │ │ 特別研修 │ │ 自己啓発 │ └──────┘